◇愛しの愛車(バイク編)
赤と黒のVT-250で走った道
――あの頃の風景をたどって
赤と黒のHONDA VT-250。
20代前半の私にとって、それは単なる移動手段ではなく、少しだけ遠くまで自分を連れて行ってくれる相棒のような存在だった。
Araiのフルフェイスヘルメットをかぶり、エンジンを始動する。身体に伝わってくる小気味よい振動とともに、街へ出る。
今思えば、あの頃は「走る」という行為そのものが旅の始まりだったのかもしれない。
中型免許と普通免許を取るために通った自動車教習所も、印象深い。
教官は厳しく、運転技術について細かな指摘が飛んでくる。それでも、教える手順には無駄がなく、課題を一つずつクリアしていくことで、いつの間にか身体が運転を覚えていく。厳しいけれど、どこか清々しい。今になって振り返ると、あの教習所には「安全に走るための仕組み」がきちんと存在していたように思う。
免許を手にしてからは、VT-250と一緒にあちこちへ出かけた。
ただし、高速道路は苦手だった。
流れる景色の速さも、周囲を走る車の存在も怖い。だから遠出といっても、選ぶのはいつも下道。
横須賀へ向かい、東京湾側の海岸線をたどる。
ある日は逗子、葉山から湘南へ。
船橋から幕張へ抜ける道も走ったし、多摩川沿いを進み、奥多摩の山へ向かうこともあった。
海の見える道では、潮の香りが風に混じる。
街を抜ければ、建物の向こうに空が広がる。
奥多摩へ入れば、次第に緑が濃くなり、エンジン音さえ山の空気の中へ吸い込まれていく。
そんな景色の中を、赤と黒のVT-250で走る。
目的地など、最初から決まっていない日もあった。
……いや、正確に言えば、目的地はかなり明確だった。
「どこか美味しいものを食べに行こう」。
結局のところ、若い頃のツーリングとは、壮大な旅というより「バイクで美味しいものを食べに行く旅」だったのかもしれない(笑)。
それでも、途中の景色は今も記憶に残っている。不思議なものだ。何を食べたのかは忘れてしまっても、走っていた道や、その日の風景はふとした瞬間に蘇ってくる。
そしてVT-250は、テニスにも登場する。
練習や試合へ向かうときには、リュックにラケットを差し込み、そのまま背負って走った。
若さというのは、今考えると少々大胆だ。背中にラケットを背負ってバイクを走らせる。もちろん、それなりに運転には気を遣う。風を受ければラケットが揺れ、身体のバランスも微妙に変わる。「これは、ちょっと怖いな」そんな感覚が少しずつ積み重なっていった。やがて、テニスへ行くときには車を使うようになり、バイクに乗る機会も減っていった。
そしていつしか、VT-250との時間も終わりを迎える。
けれど、あの赤と黒の車体にまたがり、Araiのヘルメット越しに見ていた景色は、今でも心のどこかに残っている。
そこには、今の自分から見れば少し不器用で、けれど自由だった20代の自分がいる。ナビもなければ、スマートフォンもない。地図を頼りに道を選び、迷えば迷ったで、それもまた旅になる。そして腹が減れば、美味しそうな店を探す。
そんな単純な一日が、妙に贅沢だった。
今、もう一度VT-250に乗って同じ道を走ったら、あの頃とはまったく違う景色に見えるだろう。道路も、街も、人も、そして自分自身も変わった。それでも、エンジンをかけた瞬間だけは、あの頃の空気が戻ってくるのかもしれない。
赤と黒のVT-250。Araiのフルフェイス。背中にはテニスラケット。そして、行き先は海か山か、それとも――美味しいもののある場所。若い頃の私は、そんな小さな旅を繰り返しながら、少しずつ自分の道を走っていた。今になって思えば、あれもまた、人生の「下道」だったのだろう。
